アラ還じじいのマイディアライフ

人生は慌てず、焦らず、のんびりと生きましょう!

私の独立志向は結構いい加減だったかも!


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最近、よく思い出すことがあります。 それは、私が独立を決意したことです。

元来、人の世話になるのがあまり好まない正確だったので、大学卒業後もコネで入ったファッション業界も3年半で辞めてしまいました。

決してに嫌な業界ではありませんでした。

逆にいい加減な環境は、私には合っていたようにも感じます。

いい加減ていえば、聞こえは決して良くありませんね。

しかし、どうもファッション業界っていうのが、当時はどうもちゃらんぽらんに見えていたんです。

業界人を見ていると見栄っ張りばかりが目立ってちょっと嫌感は知っていたのです。

給料は、業界ではよい方だったと記憶がありますが、全般にはやはり低所得者だったかもしれません。

こんなところにいたら、これからの将来がとても不安になってきたのも確かです。

その時です。

「もう辞めよう」って思ったんです。

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まだ、27才でした。

何が、したかったと言えば特に何もありませんでした。

ただ、お金を稼ぎたかったんですね! この若造は。

とりあえず、得意のディスプレーを生かした仕事をしようと考えました。

仲間うち4人で独立しましたが、最初は、方向性も決まらないのでとても大変でした。

退職金は半年で使い果たしました。

おまけにディスプレー業界なんて全く知らない業界ですからね! 

ほんと苦労もしました。

しかし、店舗の飾り付けや、メーカーの展示会の仕事を頂けるようになりました。

ディスプレーは得意だったので問題なく仕事をこなせました。

ただ、仕事の量があまりにも少なかったので、事務所の家賃も払えないときもありました。

それに、4人で独立したこともよくなかったようです。

だって、誰が社長なんだって、誰もが意識しない同好会のようなものでしたからね。

それから。1年かそこらぐらいで解散しました。

窮地に陥りました。

子供もいたというのにね!

それから半年何もせずに、自分がしたいことを考えました。

それと人が喜ぶ仕事とはなんてことも考えました。

金稼ぎは、それからと自分に言い聞かして充電時間を過ごしましたね。

それでも、食いぶちは稼がないと考え、大工の手伝いとか塗装工の見習いなんてやってましたね。

ガードマンなんてのももやってました。

一番よかったアルバイトは、キャバレーなどでトランペットを吹いていたことですかね。

「トラ」っていうんですが、エキストラって意味だそうです。

いってみれば、人が抜けたバンドでのちょい仕事です。

ほんと、いろんなことをしてきましたね!!

いまでも、お金のない時期のころは、よく夢にも出てぐらいでしたから我ながらかなりの苦労をしてきたんだな〜なんて感じています。

今思えば、そんなに苦労したとは感じないのですが、若干27才の若造には不安だったのでしょうね!

もうひとつ、成功の秘訣というか何というか・・・・。

それは、お金を求めなかったことのようでした。

そういえば、一生懸命してれば、お金はついてくるってお袋が言っていたような気もします。

稼ぎを求めれば、お金は逃げていくのですね!(笑)

ってなことで、これと言った大きな志もない状態で私は独立してしまったのです。

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